今までの40年間、色んな偶然と必然が重なって、
今の、好きな仕事をできている自分がいると思っています。
その中で、今の撮影のスタイルや、お客さまとの関わり方も構築されました。
少し長くなりますが、お時間あるときに、お付き合いくださいませ☆
高校生の頃から、留学に憧れていた私。
高校のときは、母親に反対され、大学は海外の提携校の多い大学へ進学。
実は、5校受験したうち、受かったのはその大学だけでした。
そこよりも偏差値が下の大学にも落ちたということは、
その大学に進む運命だったのだと今になって思います。
数ある留学先の中から、フランスを選びました。
フランスへの交換留学生として、選ばれるのは一人だけ。
きっと、大学受験より勉強したと思います。
晴れて、その一人に選ばれました。
(と言っても、フランス語は3人くらいしか志願者がいなかったんですけどね。)
今思えば、アートの国フランスを選んだのも、必然だったのかもしれません。
留学の1年前には、リヨンから電車で1時間くらいの田舎に、1週間、ホームステイもしていました。
そして、留学中、半年間は友人の両親宅へホームステイ。
だから、私にはフランスに家族が二組いました。
留学中のホストファミリーは、南仏に別荘を持っていました。
毎週末片道4時間かけて、別荘に行きます。
夏のバカンスのときは、2ヶ月くらい、そこで過ごします。
もちろん、私も何度か一緒に行きました。
ご夫婦は、一日中庭いじり。
私は、テレビもないその家で、テラスで宿題をしたり、本を読んだり、
散歩に出かけて、花を摘んで帰ってきたり。
一方、留学1年前のホストファミリーの家は、山の中腹にあって、見晴らしがいいのはもちろん、広い庭の片隅には、にわとりがいて、畑があって、野生のmûre ミュール(黒いちご)がなっていて・・・
摘んでその場で食べたり、畑でとった野菜が、その夜のスープになります。
ランチは、そんな庭を眺めながら、家族みんなで、テラスにて。
どちらの家も、200年くらい前にできた石作りの農家を改造して住んでる家でした。
留学中の家族の別荘のほうは、ホストファーザーが今も自分でリフォームしてました。
そして、どちらの家でも、日本とは比べものにならないくらい、時間がゆったり流れていました。
フランスでは、ランチのために、一時帰宅する人もいます。
そして、人と人の繋がりも濃い。
地方都市の商店街で育った私には、衝撃でもあり、
はじめて味わう種類の心地よさでした。
物質的には質素です。
一つの物を長く使っています。
でも、自然と近く、人と近い生活。
そしてスローなときの流れ。
とても贅沢ではありますし、大変な部分をあまり見ていないということもありますが、
本当の意味の豊かさとはこれなんだ、と感じていました。